サステックの源流は1912年に大阪市で創業した伸銅品問屋の田所商店にさかのぼります。39年に東洋金属として会社設立し、50年にはステンレスの取り扱いをメインに据えました。その後、田所商事、田所テックと社名を変更し、全国展開も図りました。
93年に三菱商事、新日本製鐵、日本金属工業、日鐵商事の各社の資本参加を得て、現在のサステックに生まれ変わりました。95年には埼玉県上里町に関東工場を、兵庫県三田市に関西工場をそれぞれ新設し、東西の加工拠点を確立。2003年の新日鐵住金ステンレス誕生にともない、旧住金系の日本ステンレス商事・柏サービスセンター(千葉県柏市)を閉鎖、サステックを中心に加工拠点を集約。関東地区での加工販売数量が大幅に増加しました。
さらに、2006年までの3ヶ年の経営目標である「中期総合変革ビジョン」では年間販売数量を現在の約13万トンから16万トンに引き上げる計画を打ち出しており、山田邦夫社長は「将来的には年間25万トン、日本国内シェア30%を目指す」と意欲的です。競争の激しいステンレスのコイルセンターで“勝ち組”の地位を不動のものとし、さらなる飛躍を目指す考えです。
2001年に山田社長が就任してからは、東京オフィス、名古屋支店、九州支店、浜松営業所を相次いで移転・新設し、今年4月には本社も大阪市西区から中央区に移転させました。本社は従来の約1.5倍の広いフロアで、一段と社内の風通しも良くなりましたが、山田社長はその狙いを「経営再建から10年が経ち、社員全員に“新生サステック”の意識を高めたかったのです」と打ち明けます。
加工販売数量の増加にともない、設備能力の引き上げにも注力しています。関東工場では約4億円を投じ、母材倉庫を増設したほか、関西工場でも今年6月からスリッターラインのリプレースに着手。最新設備の導入で人員を増やさずに両工場で月間1万5,000トンの加工能力を整えました。また、メタルワンが推進するコイルセンター向けの標準基幹システム「Σ(シグマ)」も来年4月に導入する予定で、合理化によるコストダウンも強化する方針です。
一方、家電メーカーをはじめとするユーザーの海外シフトに対応するため、中国市場への進出も視野に入れた事業展開を検討中です。
矢継ぎ早の計画で拡大路線を邁進する同社ですが、山田社長は「日本国内シェア30%となれば、現在の設備では対応できなくなる。いずれは新工場の設置も考えていかなければならないでしょう」として、次の段階の青写真を描く段階にきていることを強調します。
「当社は若手社員がたくさん育っており、将来性は十分にあります。メタルワンへの利益貢献度もこれまで以上に高めたいと思っています。しかし、これからは優等生ではなく、もっと個性的な集団にしていきたいですね」とさらなる飛躍に向けて意欲を燃やしています。 |